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第1章 初めての就職

私はごく平均的な県立高校の普通科を卒業しました。
周りの友人は社会に出る前に偏差値に見合った大学で最後の自由で楽しい4年間を享受するのがこの時代の定説でした。
羨ましく思いましたが、当家といえば私と姉の2人の子供を母親の女手一つで養っていた苦しい家庭状況でしたので、私は何か専門的な資格を取って早く社会に出て稼ぐことを考えていました。そこでこれからの時代は英語が必ず必要となる時代が来ると考え英語の専門学校へと進学しました。元々貧乏な家でしたのでテレビなど無く、 幼いころからFEN(アメリカの在日米軍向けの極東放送)を聞くのが唯一の家での娯楽でした。
60年代のポップスから70年代のソウルミュージック、80年代のロック等様々な最新の音楽がラジオから流れてきます。
そうした海外の音楽に幼少から慣れして久しんでいたお陰で多少の英会話は理解できたからです。卒業後は外資系や英語関連の貿易会社あるいは旅行代理店に行くという夢もあり良い選択だと思っていました。
1975年 英語学院卒業後ホテルや旅館・温泉施設を対象にアメリカ製のゲーム機を輸入・販売している貿易会社を面接、無事入社しました。
ゲーム機といってもアナログ時代ですから、ピンボール機の事で、レバーを使って玉突きをしながら点数を競うゲームです。しかしこの時代はアメリカ製が主流でそのポップなデザインも手伝って大流行でした。
20代の若造ですが英語を勉強したのですから、入社した日から即英語が使える仕事に就けるものと大いに心弾んでいました。1カ月の研修を経て私は全国の旅館に設置されたゲーム機の修理部門に配属されました。
早稲田と一橋卒業の同期組は早稲田卒がゲーム機の100円を集金する部署、一橋卒はゲーム機の販売営業になりました。描いていた夢と現実のギャップに耐えられず全員3か月で退職願を出しました。今となって思えば当然ですけど、貿易に使われる英語の専門用語も知らず、書けず、翻訳もろくにできなかったため当然の部署であったと今では納得ですが学生の若気の至りというか、自分の身の丈を全く知らず不満だったからです。
しかしその当時はまだ楽観的で、他に良いところが幾らでもあるだろうと思い、外資系を中心に履歴書を送り続けましたが、結果は全て不採用でした。
その後就職浪人となり、2年目に挑戦するもどこからも採用通知は届きませんでした

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