第16章 反社会的勢力からの脅し
92年には社員数も増え、手狭になったトタン屋根の部屋を引き払い真鍋町の20坪ほどの事務所に移転しました。
社員数も増え、営業社員だけでも4名ほどに増え、映像制作の売り上げがやっと軌道に乗りかけていたそのころ、突然会社に時代劇にでも出てきそうな墨で書かれた大層な手紙が届きました。
読んでみると、私の会社が大手婚礼式場での婚礼ビデオ制作において著作権を侵害しているとの内容でした。
そもそも著作権を使用するような、婚礼制作物を依頼されてなかったので全く身に覚えがありません。
強烈な脅し文句と法外な要求にただただ身じろぐだけでした。
無視することもできましたが、取引先の式場に迷惑が及ぶことを避けるため、止む無く話し合いの為会うことにしました。
待ち合わせ場所として指定されたのが東京湾の晴海埠頭でした。
私はヤクザ映画によくある簀巻きにされて、生きたまま海に沈められるのではとか、
生きて帰れたとしても指が無くなってしまうと大好きなゴルフが出来なくなるのでは・・
とあれこれ思い悩みましたが、覚悟を決めて出向きました。
待っていた人物はその世界の大物でチンピラとは違い穏やかな人物でなんとか無事解決となりました。
無事話し合いがまとまり「手打ち」ということで、蕎麦好きなら誰もが知る有名な蕎麦屋に同行しました。
喉越しの良さそうな蕎麦でしたが、緊張と安堵の1日で疲れがどっと出て、蕎麦は1本も喉を通りませんでした。
これが本当の「手打ち蕎麦」ですね。苦笑い
後日団体の真の狙いは取引先の大手婚礼式場であったことは後に解ったことです。
いずれにしろ多くの時間を費やし金銭的にも体力的にも、そして何より精神的にかなり消耗した時期であったことが今でも苦い記憶として残っています。
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