第27章 社長業はやはり苦手
さて長々と書いてきましたが、私はそろそろ社長業を退任することを考えています。
もともと社長という肩書には何の興味もなく今でも私の座右の銘は「生涯1営業マン」です。
ですから対外的な関係から代表取締役社長の名刺も勿論持っておりますが、そのほとんどが名刺入れに残っています。
私は正直に申しますと、他人の滑った、転んだ等の面倒を見るのが嫌いな性格でした。
前記映像制作を主に行っていた時期、大きなプロジェクトを受注し、カメラマン、照明、ライター、役者等外部の人間を多数起用しました。
彼らはフリーなので全て自己責任の世界で生きていますので、現地に時間通り集合し、プロとしての各役割を存分にこなし、現地で報酬を受け取ってさっさと解散します。
いわゆる「取っ払い」というものです。
プロ同士のこの光景は、なんとも爽快な気分で私の最も好む仕事の在り方で、自分の行動は全て自己責任で行うことを良しとしています。
ですから会社を設立して多くの従業員の面倒を見ることは本来性に合っていませんでした。
しかし大きなプロジェクトを実現したいと思った時に、とても一人では成し遂げられる事ではありません。
チームとして社員全員がタッグを組んでそれぞれの能力を集結してこそ成し遂げるわけです。
その意味では社長業に携わり、多くの社員たちの成長に関わったことで忍耐強くなり短気で独りよがりだった自分自身の成長にも役立ったと今では思います。
42年の会社経営を振り返ると、いつの時代も人が手掛けないものに果敢に挑戦着手することを信条としてきたつもりです。
1970年代 茨城でまだ英語の幼児教育の場がない時に多くの教室を開設。
1980年代 ビデオに制作が普及されてない時にVTRの販売及び制作会社を設立したり。
1990年代 インターネットが黎明期からショッピングサイトや動画サイトを構築したり。
2000年代 街づくり会社を立ち上げ地域活性化に力を注いだり、そして現在はスマホ向けのアプリを作る等常に早い時期から新たな事業に着手してきたことは私の自慢であり誇りです。
しかし新規事業への資金、人材、設備等のリソース及び最終着地点の設定や、融資のめどのないまま大きな借金をしてしまいます。
又売上重視で多くの優秀な従業員を失うこととなる等々多くの失敗を繰り返してきました。
ですからハッキリ言って規模を大きくし利益を拡大する事には残念ながら不合格と言えます。
