第8章 清濁併せ持つ難しさ
この頃気づいたのは、私は喧嘩は弱いのですが誰かと腕力以外で競争することが好きだということです。
高度成長期の頃でしたので各家電メーカーとも盛んに売り上げコンテストを全国で実施していました。コンテストとは、各地の家電店に販売台数による順位をつけ、優勝ハワイ2位フィリピンと順位によって海外に招待するコンテストの事です。
私は好んでこうしたコンテストに参戦し全国の優秀な営業マンたちと戦うことがとても楽しみでした。自分の内面にこうした気性があることは自分自身でも初めて気づきました。
そういえば私が高校生の時、呉服の訪問販売のおじさんに言われたことを思い出します。
おじさんは呉服を売りながら各家庭の家相や姓名鑑定を得意としてそれがとても当たると好評でした。おじさんいわく、この息子さんは一白水星の午年とのこと。
馬には最高の地位として神様が乗る神馬や重労働を強いられる農耕馬があるという。
私はと言うと他と競うことを好む競走馬であるとのこと。
当時は呉服を売るための営業トークではと聞き流していましたが今思うとなるほど納得です。
やはり噂通り只者ではない呉服屋のおじさんでした。
さてコンテストの話に戻って、私は全国2位ランクの売上金額を達成し、フィリピンに招待されます。出発日隣の席に座っていたのは、20代の端正な顔立ちの純情そうな青年でした。
高齢の夫婦が営む家電店に就職、仕事一筋に生活を送る毎日で、その電気店の売り上げの殆どを青年が担っていたようです。感謝の意を込めて老夫婦が今回の売上達成のご褒美にフィリピンに行かせてもらえることとなったようです。到着1日目から多くの女性に囲まれての接待攻勢。シャツの第一ボタンまで閉めていた彼が気がかりでしたが、歌や踊りの楽しい日々に彼の事はすっかり忘れていました。
4日目の最終日、彼が空港に現れた時、誰もが唖然としました。2人の女性を両脇に抱えたその姿は甚平服に雪駄履きだからでした。日本には帰らないので皆さんによろしくとの事。
無菌室からいきなり楽園に開放されると、僅か4日で人はここまで変われるものかと驚嘆しました。幸い私の育った環境は繁華街に近かったので、夜な夜な国内外の妖艶なお姉さん達が闊歩似ている中で育ちましたので、十分免疫が出来ていました。
その後若者の行方はわらず、唯一の稼ぎ頭の若者を失った高齢の夫婦が家電メーカーに猛抗議したことは言うまでもありません。
しかし下半身の研修はメーカーの責任でないので、双方にとって気の毒な旅行でした。
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